助手はねずみくん 

助手はねずみくん

​かとうゆうこ

 つとむさんは、バスの運転手です。

 ある日の夕方、宅配便が届きました。

「いつものりんごだ」

 つとむさんは、鼻をクンクンさせました。

 ところが、段ボール箱を開けたとたん、「ぎゃっ!」と、さけんで飛び上がりました。

 真っ赤に並んだりんごの間に、ねずみが一匹いるではありませんか。

「こんにちは。僕、やすこおばあさんちのねずみです」 

 ねずみは箱から出てきて、ぴょこんとおじぎをしました。

 それから、つとむさんの顔をじっと見てうなずきました。 

「ほっぺのえくぼがおばあさんといっしょですね」

 やすこおばあさんは、北の山里に住んでいて、秋になるとりんごを送ってくれます。

「元気かな、おばあさんは?」

「はい、とっても。いつもつとむさんの話をしています」

「きみに?」

「いえいえ。ひとりごとです。僕は壁の後ろで聞いているだけです」

「で、どうしてここにいるの?」

「はあ。りんごの箱の中で、ちょっと昼寝をしてる間に、ここにきちゃったみたいです」

「箱の中でよく息がつまらなかったね」

 つとむさんは、頭をボリボリかきました。

「ぜんぜん平気ですよ。ここから出たり入ったりしてましたから」

 そう言ってねずみは箱の横の取っ手穴をゆびさしました。

「アハッ。そうだったのか。じゃあ明日、おばあさんに送るものと一緒にきみをこの箱に入れたらちゃんと元気に帰れるんだな」

「はい。でもその前に、一度だけバスに乗せてもらえませんか?」

「えっ」

「おばあさんがいつも言ってるんです。つとむは、大きなバスを運転できて立派だって」

 つとむさんは、ウフフッとくすぐったそうに、首をすくめて笑いました。

「ちっとも立派じゃないよ。毎日同じところを行ったり来たりするだけだよ」

 でも、立派なんて言われて、ちょっといい気分になったので、ねずみをバスに乗せてあげることにしました。

 

 次の朝、つとむさんはねずみを胸のポケットに入れて、バスに乗り込みました。

「じっとしててよ。運転が危ないからね」

 ねずみは、ポケットから少しだけ顔を出して、つとむさんを見上げてうなずきました。

 電車の駅を出発して、町を一回りして駅に戻るのが、つとむさんの仕事です。

 お客さんが次々に乗ってきて、バスは発車しました。

 ねずみは、はじめのうちは約束通り、小さな声で「ワァー」とか「へぇー」とか言いながら静かに外を見ていました。

 けれど、バスが大きく曲がって、公園の前の通りにさしかかると、とつぜん指差しして、

「おばあさんちとおなじだ!」

 とポケットの中で、ぴょんぴょん飛び始めました。

 ねずみの指差す先には、黄色に染まった大きないちょうの木が、道の両側に並んでいます。

「わあっきれい!毎日とおっているのに気がつかなかったなあ」

 とつとむさんは思いました。

「みなさん。いちょうがきれいですよ」

 つとむさんはおもわず、マイクでしゃべってしまいました。

 お客さんたちは、いっせいに外を見て、

「ほう!」と言いました。

 やがて、大きな橋のそばのバス停に着きました。

 すると、またねずみが、ぴょんぴょん飛び始めました。

「あの人、バスに乗りたいんだよ」

 ねずみが指差すサイドミラーに「待ってくれー」と叫びながら走ってくる男の人が映っています。 

両手に大きな荷物を持って、今にも転びそうです。

 つとむさんは、窓を開けて、後ろから走ってくる男の人に大きな声で言いました。

「大丈夫。待ってますからあわてないで」

 それから、お客さんたちに言いました。

「すみません。皆さん、ちょっとだけ待ってください」

 やっと男の人がバスに乗り込むと、お客さんたちは、みんな拍手をしました。

 ねずみもポケットの中でゆっくりすわりました。

 バスは、終点に着きました。 

お客さんたちは、順々に運転手のつとむさんの横を通って降りていきます。

「待っててくれて、本当にありがとう。おかげで電車に間に合います」

 大きな荷物の男の人はそう言って、つとむさんと握手をして降りて行きました。

「いちょう、とてもきれいだったわ」

 女の人はにっこりして降りて行きました。

 それから夕方まで、つとむさんはねずみと一緒にバスを運転しました。

 

 帰りに、おばあさんに送るお菓子を買いにスーパーによりました。

 つとむさんがかごを持って歩いていると

「これ、おばあさんが大好きです」

 ねずみは、つとむさんの胸ポケットから棚に飛び移って、お菓子の箱を後ろ足で蹴ってかごに飛び込ませました。

 おまんじゅうの棚でも、パンの棚でも、ねずみのシュートは続きました。

「こんなにいっぱいおばあさん食べれるかなあ」

 家に帰って段ボール箱にお菓子を詰めながら、つとむさんは首をかしげました。

「大丈夫です。僕の好きなチーズ入りのお菓子も入れときましたから」

 ねずみは、すました顔でいいました。

「じゃあ今夜はゆっくり寝て、明日の朝、宅配便で送るからね」

 つとむさんがそう言うと、ねずみは下を向いてしばらく黙っていましたが、部屋のすみっこの方に行って、寝てしまいました。

 

 次の朝、

「おはようございまあす」

 ねずみは、洗面台に飛び乗ると、歯磨きをしているつとむさんに、とびきり元気な声で言いました。

「あの、明日は木曜です。やすこおばあさんは病院に行く日なので、宅配便が受け取れません。だから、今日僕を送ることはできません。僕を送るのは明日にしてください」

 つとむさんは、びっくりして歯ブラシをガチッとかんでしまいました。

「それで、あのう、もう一度だけバスに乗せてもらえませんか?お願いします」

 今度はとびきり小さな声で言うと、じゃぐちの横でおじぎをしたまま動きません。

「わかったわかった」

 ねずみがあんまりいっしょうけんめいなので、つとむさんはうっかりそう言ってしまいました。

 今日も、つとむさんは胸ポケットにねずみを入れてバスを発車させました。 

 ねずみはポケットから少しだけ顔を出して静かに外を見ています。

「よしよし、今日は静かだぞ」

 つとむさんは安心して運転していました。 ところが、スーパーの前のバス停を出発したとたん、急にねずみがポケットから飛び出てどこかに消えてしまいました。

 誰かに見つかったら大変です。つとむさんは、ハンドルを握る手がブルブルと震えました。でもすぐに、

「これ乗るところの階段に落ちてたよ」

 ねずみが赤いリボンのついた小さなカギをくわえて、するんとポケットにすべり込みました。

「どうしてわかったの?」

 つとむさんはささやきました。

「あそこに見えたんだ」

 ねずみはバックミラーを指さしました。

 そこには乗り口の階段が映っています

「よくやった」

 つとむさんはネズミに言うと、料金箱の横にカギをぶら下げました。

 バスは終点の駅に着きました。

「まあ!私のカギだわ。誰かが拾ってくれたのね」

 スーパーの袋を両手に持って降りようとした女の人が叫びました。

「はい。拾ってちゃんと届けてくれました」

 つとむさんはねずみのいるポケットをそっとなぜながら言いました。

 次の朝、ねずみを送り返す時が来ました。

「ありがとうございました。バスに乗れてとても嬉しかったです」

 ねずみはていねいに、おじぎをしました。

「こちらこそ。おかげでバスの運転がとても楽しかったよ。それに君は立派な助手だったよ」

 つとむさんは、ねずみ入りのダンボール箱を、宅配便でおばあさんに送りました。

 何日かして、おばあさんからお礼のはがきが届きました。はがきのすみっこには、ねずみの小さなあしあとがついていました。

 

 次のお休みの日、つとむさんはおばあさんが好きなおまんじゅうとチーズ入りのお菓子をいっぱい持っておばあさんの家に出かけました。

 つとむさんが、男の人がバスに乗れた事やカギを拾った事を大きな声で話すと、おばあさんはうんうんとうなづきながら目を細めて聞いていました。

 つとむさんには壁の後ろのねずみが見えるような気がしました。

 

おわり